おはようヘミングウェイ

想う 観入る 書き表す そして存在が生まれてくる

2024-12-01から1ヶ月間の記事一覧

オランダ坂 誰もいない長崎 8

長崎市の繁華街を巡って最後に向かうのは、水辺の森公園近くにあるオランダ坂。なにゆえにオランダ坂というのか。坂がある一帯は開国後に西洋風住宅が立ち並び、長崎っ子は欧米人の姿を観ることができた。鎖国時代の出島にオランダ人が居留したことで、欧米…

眼鏡橋 誰もいない長崎 7

長崎市を訪れたら、石橋をたたいて渡る必要はない。そんな用心は無用なのが、市中心部を流れる中島川に架かる眼鏡橋である。どっしりとして、美しい姿の石橋だが、1982(昭和57)年7月23日の長崎大水害に遭い、眼鏡の上部分が流されて無くなってしまっ…

寺町通り 誰もいない長崎 6

毛細血管のように張りめぐらされた浜町界隈の路地を抜けると、動脈を想わせる一本道がまっすぐに伸びている寺町通りに出くわす。その名の通り、道路沿いには寺院が立ち並んでいる。各寺院の境内には江戸から明治、大正を経て、昭和、平成へと続き、令和に至…

思案橋から浜町へ 誰もいない長崎 5

行こか、戻ろか、思案橋。そんな魅惑の歓楽街から歩みを進めて浜町商店街へ。アーケード付き商店街のはしりでもある。半世紀以上前の昔、長崎っ子が「街に行ってくる」と言えば、浜町商店街のことを指していた。百貨店があり、食べ物屋があり、文具店があり…

銅座界隈 誰もいない長崎 4

銅座―。言わずと知れた、長崎市内の歓楽街である。迷路のような路地が入り組んだ中にスナックやバー、料理屋などが立ち並び、ひしめきあっている。高度経済成長期、銅座の各通りには大勢の酔客が行き交い、午前3時頃にスナックのホステスらを同伴してラーメ…

新地中華街 誰もいない長崎 3

出島地区を歩いたら、近くにある新地中華街へ足を延ばそう。中華街の名称にある新地とはなんぞや? 文字通り、新しくできた土地のことである。新地中華街のホームページから引用してみよう。 横浜、神戸と並ぶ中華街・長崎新地中華街は、江戸時代中期に中国…

シーボルトの夢の跡 誰もいない長崎 2

水辺の森公園を散策したら大通りに出て、出島地区に向かってみようか。日本の鎖国時代にオランダ人が居留したのが出島と呼ばれる一角だね。文字通り、長崎港沿いに人工の平地の小さな島を造って隔離した。彼らは商館を建てて住みつき、貿易が主な仕事だった…

故郷忘じがたく候 誰もいない長崎 1

そうかい、生まれ故郷を離れて随分長くなるのかい。進学、就職を機に上京し長崎を離れて、もう何10年にもなるんだね。20年以上? 30年以上? 40年以上? それとも半世紀を過ぎている? 両親が亡くなり帰省する実家がなくなった? 墓仕舞いをしてしまった? …

昼静かなるレストランでピザを味わう

大通りから1本奥に入った道路の四つ角にイタリアンレストランがある。宵闇どきに帰宅の車で通る際に、窓際のテーブル席で外国人やおしゃれな服装の女性たちが愉しそうに会話しながら食事をしているのが、いつも目に入っていた。店内はたくさんのお客で賑わっ…