おはようヘミングウェイ

想う 観入る 書き表す そして存在が生まれてくる

流氷よ、こんにちは

もしかしたら、あれが予感の始まりだったかもしれない。

東京羽田空港から北海道とかち帯広空港への便が条件付き飛行となった。現地の天候次第で羽田に引き返す場合がありますとの内容。天気概況では「雨」となっているが、雨が降ったぐらいで引き返す場合がある? いぶかりながら搭乗案内を待っていた。予定通りに飛行機は北の大地に向けて離陸し、予定通りに着陸した。

飛行機の窓から銀世界が見える。小雪が降りしきり遠景が白く霞んでいる。雪国だ。これぞ北海道だ。ハレルヤー! 「東京での天気予報では雨になっていたけれど、雪ですよね、これは」。ガイド嬢が即答する。「水っぽい雪なんですよ。これは雨ですね。北海道ではパウダースノウが雪なんです」。踏みしめるとキュッキュッと鳴る雪のことだ。「搭乗前に引き返すかもしれないって随分脅されましたよ」。「エドはるみに似ていると言われます」とのたまうガイド嬢がまたもや即座に返答する。「ええ、朝から霧が深かったですからねえ。霧が晴れて着陸できたみたいですよ。到着する20分前に着陸許可がやっと出たみたいですから」

オホーツク海の流氷を見るのをメーンイベントとした道東観光だったが、出だしから薄氷を踏む旅となった。薄く張った氷を踏むとどうなるか。

一面に氷が張った阿寒湖での打ち上げ花火イベントは吹雪のため中止。阿寒湖温泉街を歩くも吹雪に両頬を張りまくられ、早々と退散し宿へ戻る。露天風呂で優雅に北国の風情を感じながら、なんてどころではない。凍てつくような北風で全身カチンコチンになりそうになり屋内へ駈け込む。

大自然相手だからイベント中止もやむなしと言い聞かせ床に就く。翌朝は快晴だ。空は真っ青、地上は真っ白。厳寒もまた楽しと勢いづく。ガイド嬢が開口一番、悪い知らせを告げる。「昨夜の吹雪であちこちの道路が通行止めになってます。水っぽい雪は重たいので除雪に時間がかかるんです」。通行できる迂回路を求めてバスはひた走る。とっぷりと日が暮れて知床半島にあるウトロ温泉に到着する。

オホーツク海を目前にした宿だから、朝起きると窓の向こうには流氷がびっしりと接岸している。こんな光景を思い描いてカーテンを開ける。どんよりとした青い海が広がる。青よりは灰色に近い。流れる氷と書いて流氷となるだけに風向きで沖合に流れてしまっている。肉眼では流氷が見えないくらいの沖合だ。

ウトロ温泉から流氷クルージング船おーろら号が出航する網走に向かってバスは走る。ガイド嬢が気分を盛り立てる。「沖合に流された流氷を見に行くことになります。北風が吹かないと流氷は接岸しないんですよ」。網走に入るころになってガイド嬢が宣告をした。「おーろら号が高波のため欠航になりました」。とうとう薄氷を踏み抜いた。ごぼごぼと意気が消沈していく。「自然相手だからしょうがないよなあ。これもまた人生だ。わっはははー」。通夜のような雰囲気を笑い飛ばすような人物は1人としていなかった。


ガイド嬢 「旅行代金の一部を返しまーす」

  一同 「あっ、そう」

ガイド嬢 「オホーツク流氷館にも流氷がありまーす」

  一同 「あっ、そう」

ガイド嬢 「代わりに網走監獄を観光しまーす」

  一同 「あっ、そう」

ガイド嬢 「昼食に毛ガニが出まーす」

  一同 「あっ、そう」

魂の抜けた人々にはどんな言葉も励ましも空しい。


一行は北の大地を離れる前の最後の観光地へ向かう。北緯43度、日本最北の動物園として人気沸騰の旭山動物園だ。ホッキョクグマとアザラシには観光客がたくさん集まっている。見世物であることを心得ているかのように、ホッキョクグマは雪の上を走り回ったり水中を泳ぎまくり、アザラシもザッツエンターテインメントショーよろしく愛嬌いっぱいの表情と泳ぎを披露する。

人だかりがない動物がいる。なんだ、これは? 黒い物が雪の上に2個丸くなっている。オオカミだ。シベリアンハスキーを真っ黒にしたような風体にして、われ関せずの姿態。近づくと一匹がまぶたを開けた。黒い瞳に敵意のない視線。「写真、撮っていいかな」。そんな表情をして投げ掛けた。「あっ、そう」。こんな表情をしてオオカミは目を閉じた。