おはようヘミングウェイ

想う 観入る 書き表す そして存在が生まれてくる

エスカルゴにあらず

むしゃ、むしゃ、むしゃ。

しゃむ、しゃむ、しゃむ。

ぬる、ぬる、ぬる。

うむ? うむむ? うむむん?

ホワット イズ ディス?

完全無農薬・自家栽培のサラダ菜をこんもりと盛った皿から4、5つほど取ってほお張る。太陽をいっぱいに浴びて育った青野菜の歯ごたえの良さが口中で広がる。もっと広がるところで「うん?」という感触が加わる。

この味はいつか知った風味。なんだっけ?

わらび餅? なめこ? 菓子のグミ? 水羊羹?

ヌルッとしたこの感触は悪くはないが、サラダ菜に混ぜた覚えもない。

なんか変。そう思って咀嚼した塊の中から舌で掘り起こし、転がして口先に持ってきて小皿の上にストン。

これだったか。エスカルゴじゃないか。いや、エスカルゴじゃない!

当たりくじはいいが、こんなのは嫌だ。なめくじ。昔、駄菓子屋にそんなくじがあったが。

なめくじか。そうだろう、完全無農薬だから。いろんな虫が寄ってくるだろう。サラダ菜に入り込んでいるのにも納得がいく。

台所のシンクになめくじを落とし、湯飲みの熱湯を少しばかり垂らす。身をひねって成仏。南無阿弥陀仏。合掌。

再び食卓に戻り、口中のサラダ菜を咀嚼していく。1、2。1、2。なんだ坂、こんな味。なんだ味、変な味。胸中で号令を掛けながら噛んでいく。10秒も経ったろうか。洗濯機の中の洗い物のように、なめくじが口中でうごめく姿が浮かんできた。ハイビジョン画像のごとく細部もしっかりと鮮明に、グーグルマップで目標物にどんどんズームインしていくみたいに、なめくじの姿が頭の中に広がっていく。うっ……。

なめくじを食す。こんな体験進んでできるものではない。殻のないカタツムリだと思えばなんとかいける。和製エスカルゴだよ。こう言われて得心してはいけない。食べたことより、食べたという記憶がぬるぬると残るのが問題だ。「なんだかんだ言ったって、あなた、なめくじ食べたことないでしょう。あの食感を知らないでしょう」。いらついたような口調になる。

なめくじの効用。食べると怒りっぽくなります。