雀の卵は、カリッとしたピーナッツを小麦粉でコーティングし、砂糖や醤油、食塩などで味付けして焼き上げた駄菓子である。本物のウズラの卵の3分の1ぐらいの大きさだ。赤茶色の表面には短冊形の小さな海苔が張り付けたようにまぶしてある。口の中に1粒放り込んで歯でかじると、小麦粉でできた殻部分がバリッバリッと音を立てて壊れ、中身のピーナッツに歯の先端が食い込んでいき、カッリ~ンと砕けていく。殻と中身が時間差で砕け散って口中に音を立てながら味覚が飛び散る。
それは小さな快感であり、次の1粒、さらに1粒といった具合に、やめられない、止められない状態となる。1袋55グラムほど入っているが、あっという間に食べ尽くす。猿にでもなったような姿態である。後からのおやつに少しばかり残しておこうかという気などまったく起こらない。食べ続けている間は人間であることをすっかり忘れてしまう。
小麦粉が原料の殻とピーナッツという組み合わせだから、呑み込むための水分を補給する必要がある。補給してよい候補が多いのがまたいい。緑茶をはじめ、珈琲、紅茶、ハーブティー、牛乳、豆乳でも十分にいける。相性の幅が広い。アルコール類では、ビールやワインのつまみに十分耐えうる。ウイスキーのつまみには駄菓子という出自の限界なのか、いささか似合わない。むしろウイスキーにはピーナッツだけの方がいい。
この雀の卵、昔なつかしを売り物にする菓子コーナーやストアのおつまみコーナーで見つけることができる。わたしなどは成人になって以降、ことあるごとに食べているから、なつかしいという感慨はない。青汁やニンニク卵黄、米黒酢エキスにはまって健康補助食品として体に補給している人たちがいるように、雀の卵はわたしにとって、ただひたすら口の中に放り込んでは破砕していくノンストレスな食品なのである。
雀の卵の製造元はいくつかあるようだ。製法、形はどれも同じだが、殻の砕け具合がそれぞれ微妙に異なる。ピーナッツの味わいはほぼ同じなだけに、この殻の部分の厚さや焼き具合のちょっとした差が、今回はトリプルAの味だったなとか、これは殻の歯ごたえが強すぎるなとか、評価の差につながってくる。殻とピーナッツが口中で固形からペイスト状に練れて舌の上に広がり味覚が滲み込んでいくひと時は至福の境地である。
ある雀の卵の袋にはこんな売り文句が記されている。
まごころがいっぱい。
なつかしさがいっぱい。
うまさがいっぱいの雀の卵です。
昔からおいしい 今がおいしい。
永遠の味 雀の卵
過剰なほどの自画自賛である。でも憎めない。駄菓子にまごころがいっぱいという言葉を贈ってしまうほどの偏愛ぶりにただ苦笑するだけである。パティシエから最も遠いところにいる菓子、それが雀の卵である。何年食べ続けても飽きがこない。ここまで来れば、ご飯の位置に近い食品だ。さあ、かじろう。バリッバリッ、カッリ~ン!