もともと高所恐怖症のきらいがあった。目がくらむような感覚。足がすくんでの震え。お尻に虫が這っているようなむずむず感。指を口に近づけただけで嘔吐しそうな気分。こんなの嫌だが一転。痛快快と快を2文字続けて発音したくなるようになった。かつて嫌悪していたものへの価値観が何かの弾みで一変すると、突然変異性の偏愛となる。
そこにそびえているから上るんだ。理屈ではない。感情が突き動かす。国内では福岡タワー、京都タワー、東京タワーを鼻歌交じり、ジョギング感覚で登攀済み。山では富士山(登山愛好の若くはない女性たちと山小屋で雑魚寝)、島では屋久島・宮之浦岳(遭難し警察が出動する騒ぎを引き起こす)。
海外になると偏愛に拍車が掛かる。中はどうなって、どうやって上まで行き、頂からどんな風景が広がっているのか。好奇心が足を向かわせる。磁石に吸い寄せられる砂鉄状態。

イギリスはロンドンアイ(大観覧車)、イタリアはバチカンのクーポラ、中国は西安の大雁塔、アメリカではテロに遭う前のワールドトレードセンター、それにワシントン記念塔。ホワイトハウスもペンタゴンも眼下にある。大統領は今ごろ何をしているのか。FBI本部の捜査員たちは昼ごはんに何を食べているのか。ペンタゴンの分析官のパソコンはどこのメーカーなのか。地上では浮かばない思いが駆け巡る。
パリのエッフェル塔と凱旋門が未到なのは最後の楽しみの一つに残しているから。最後の登攀は天国だろうけれども、幸か不幸かいまだに階段が見えないままだ。その時がやってきて上り始めたら、わざと踏み外そうと思っている。しかもド派手に。