緑色のフレームの眼鏡を買いなさい。夢の中でお告げがあって眼鏡屋に赴く。
「こんにちは。フレームが緑色の眼鏡はありませんか」。遠視とか近視とかレンズの話はすっ飛ばし、チタンとかプラスチックとか形状記憶金属とかフレームの材質の話も割愛して色合いだけの指定。それも新芽の黄緑ではなく、神棚に供える榊と同じ深緑でなくてはいけないというこだわりの主だ。
荒川静香がイメージキャラクターとなっている眼鏡屋の女性スタッフが目を丸くして探してくれたが目当ての品はない。次なる店舗へということで全国チェーン店の自動扉の前に立つ。
相当の数の眼鏡が並んでいる。ひととおり視線を泳がして男性店長に声を掛ける。
「緑色のフレームの眼鏡を探しているんだけど」。プラスチックフレームの眼鏡を手にして見せてくれた。「色合いが違うんだな。もっときれいな緑なんだけど」
きれいな緑ってどんな色? 店長には難しい注文だった。ヒントを出す。深みのある緑だよ。深みのある緑色のフレーム? 店長の脳裏に浮かばない色だったか。
途切れようとする会話を店長がつないでいく。「眼鏡は遠視用ですか。それとも近視用ですか」。「両方持っているよ。遠視用をつくって掛けているうちに、眼鏡なしでもよく見えるようになった。パソコンでの作業のしすぎだったのかな。近視用も掛けているうちに、乱視と相殺されたのか眼鏡なしできちんと見えるようになった」
客を引き止めるためなのか店長が視力検査を提案した。眼鏡を掛けるほどのことはない結果となる。そのまま客を帰すのでは商人(あきんど)がすたる。レンズ談義となる。
「レンズは中国、韓国製もありますが日本製が一番いいですよ。ホヤなんかインドネシアで製造してますよ。ニコンは眼鏡レンズ販売に本格的に力を入れてきたしね。ヨーロッパのブランド物もほとんどが日本製で福井県鯖江市がレンズ生産のメッカ。昔は眼鏡は荒利がよくて儲かったですけど、今は競争激化で安売り合戦ですよ」
話の後段で店長がぼやいた。「売り上げを上げたってわたしの給料が上がるわけじゃないですからね」。最後に緑色のフレームの話に戻った。「そうそう、1点ありましたよ。緑色のものが。中年の女性が買っていきましたよ。色がいいからと言って。男性用だったんです。はっきり言ってわたしは売りたくなかったんですけどね。また入れますよ」
深緑のフレームは眼鏡屋を振り回す。夢のお告げの主は知っていたのかもしれない。深山幽谷にあるような深い緑色を探してみなさい。ありそうで実はない色だと分かるから。